京丹後市、福知山市整体サロン       普通のママが独立しようとした話⑮

のぶこ

こんにちは!
京都北部
ママとこどものための
整体サロン
pittamkoです!

むすめ

ママ、
今週は雪だったね💦

のぶこ

そうそう、
すごく寒かったー
でも、今日も寒さに負けずに
投稿していきまーす!

むすめ

今日は普通のママが
独立した話
第15話です!

、、、これって第何話まで
やるつもり?

のぶこ

いやーちょっとわかんないなー
ママになってまる10年経ってから
独立したから、、
今、ブログのお話では
まだママになって
2年だから、、
100話くらいまでいけるかも!笑

むすめ

長すぎるわww
皆さん
とりとめのないお話ですが
よかったらお付き合いくださいね!!

↑前回のお話はこちら

↑第1話はこちら!


このお話は、、

  • 児のママの理学療法士
  • 地元でもないよそ者でありながら
  • 一人で自宅サロンで独立する

経緯をママになった10年前から

遡ってブログにしています。


お話に入る前に、。

今日のブログは少し悲しいお話です。

苦手な方はここでバイバイしてくださいね!


2児育児に奮闘していた私。

第一子のときに続いて

子育てサークルにも入会して

週に1度は活動に参加したり

習い事に出かけたり

娘の赤ちゃん返りにイライラしながらも

忙しそうに過ごしていました。

ある夏の暑い日でした。

その日は午前中が

娘の習い事でした。

だいたい午前中はこども2人とでかけることが

多いのですが

まあ準備が大変なこと💦

娘はいざでかける時間になったら

「いかなーい」とか言うときもあるし

息子は

出かける直前になって

💩をもらしたり、、

「何時に予定があるから

何時に家をでよう!」

なんて計画を立てても

毎日が予定外のことの連続でした。

玄関にベビーカーを準備して

今日は娘が「乗る!」というので

ベビーカーに娘を乗せ

抱っこ紐で息子を抱っこし、

いざ出発!!と思ったときに

7月の終わりでめちゃくちゃ暑くて

これは帽子と飲み物が必須だなっと

思い返してリビングに引き返した私。

帽子と飲み物はちゃーんと準備したのに

このとき、こともあろうに

携帯電話を忘れて出かけてしまった。

今思い返しても悔やまれる。

習い事に参加しているときに

「あちゃー、携帯忘れたわー」

と気づくものの

まあ、2時間くらいの外出だし

大丈夫か、と考えた。

そんな重要な連絡、来ないよね。って

お昼前に娘の習い事を終え

家に帰ろうかと思ったけど

どうせ帰ってもまた

お昼ご飯作りに時間がかかり

子供二人がぐずぐずする未来が

目に浮かび

その日は習い事の教室の近くにある

駅前のマクドで

こどもと3人でお昼ご飯を

食べて帰ることにした。

娘も大好きなハッピーセットで

ニコニコしていたし

帰りの車の中で

息子もお昼寝に突入。

今日のお出かけは大成功だな

なんて軽く考えながら

マンションのエレベーターを降りると

仕事に行ってたはずの

パパの姿が。

「あれ?お昼休みに帰ってくるなんてこと

今までなかったのに」

なにかがあったんだなーと

すぐに察知した。

パパは

私に事実を伝えてくれたんだけど

今思い返しても

伝えづらいことを

伝える役割にしてしまって

申し訳なかったなーと思う💦


実家の父が

朝、会社に向かうための

通勤電車で倒れて

そのまま帰らぬ人になっていたんです。

日頃の行いが悪かったのか、、

たまたま携帯電話を忘れて出かけたばっかりに

父が倒れた連絡にも気づかず

私が連絡がつかないので、

姉の旦那さんが

パパの職場に連絡をしてくれたときには

すでに亡くなった後だったそうです。

59歳

定年退職まであと半年でした。


このブログのテーマは

私が整体で独立した経緯がテーマなので

日常のあれこれと言うよりは

こんな流れでママライフを過ごして

こんなターニングポイントがあって、、

ということを

ご紹介したいと思っているので

こんな悲しい経験を

ここに詳しく記録する必要があるのか

悩ましかったのですが💦

父はあまり社交的な人ではなく

友達も少ない人でした。

そして

ここでは詳しくは書きませんが

私と父との関係も

決して良好なものではなく

こども時代は

決して幸せとは

言い切れませんでした。

家族みんなで笑って過ごしたことなんて

ほとんど記憶が

ないんです。

それでも

父から受け継いだものは

かけがえのないものだったんだと

思います。

もう仕事は続けられないほど

心臓を患っていたのに

どうしてそこまで仕事を続けたのか

どうして家族に隠してたのか


本当はもっといい父だったんだと思う。

もっと家族で笑顔で過ごせる時間が

あったらよかったのに。

こんな悲しい家族が

増えないように。

私は動き続けないといけないと

思ってます。

それが

父から受け継いだことを

最大限に活かす方法なんだろうし

父への恩返しになると

信じています。

今日はこの辺で!

最後まで読んでいただき

ありがとうございました!

↑次のお話はこちら!!

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この記事を書いた人

理学療法士で3児のママ。
自宅で整体サロンpittamkoを経営。
第二子が自閉症で悩みまくった経験あり。
自分のための人生を生きぬくこと、こどもの居場所を作ることに奮闘中

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